危機の時代と風景論

日本の近代化途上、風景論が三度興った。いずれも戦争に関連する危機の時代であった。風景論はその宿命としてナショナリズムを負わされてきた。
① 志賀重昂「日本風景論」。日清戦争(明治27―28年、1884~85年)が起きて間もない明治27年12月に刊行され、国家意識高揚期の青年に大きな共鳴現象を起こした。
② 小島烏水「日本山水論」。日露戦争(明治37-38年、1904~05年)のさなか(1905年)の刊行。
③ 上原敬二「日本風景美論」(昭和16年~20年、1941-1945年)。太平洋戦争ただ中の昭和18年(1943年)6月に刊行。

「風景とは何か」-科学と感覚の風景
志賀重昂の風景論が新鮮にとらえられた理由は、自然とは何か、漠然と考えられていた命題に、明快な答えを日本人として初めて与えた点にある。
A 自然を観察や実験の対象として客観的に見据える、科学的アプローチ
B 人間の感覚を使って全体的に把握しようという主観的、経験的なアプローチ
日本人は昔からBの方が得意(西行、芭蕉、山頭火)。欧米人はA(チャールズ・ダーウィン、イザベラ・バード)。
宮沢賢治はAとBを止揚しようとした(第2回青鬼サロン「たぎる 詩魂の軌跡」星寛治の心をたどる参照)

志賀は日本風景の特長を、科学的な面から4つに要約してみせた。
①気候海流の多変多様 ②水蒸発の多量 ③火山岩の多さ  ④流水の浸食激烈。
さらに感覚的な面から3つの表現を日本の風景に与えた。
① 瀟洒 すっきりあか抜けている。
② 美 美しく立派なこと 感覚を刺激して内的快感を呼び起こすもの。
③ 跌宕(てっとう) 奔放、堂々としていて細事にかかわらない。

日本風景の科学的特長は、繊細巧緻(こまやかにしてたくみ)。地形、地質、植物、気象現象など風景の実態を形づくる要素が、密度高く絡み合って分布している<変化の妙>にある。(参考 大井道夫「風景への挽歌」アンヴィエル社 1978)

東日本大震災、原発メルトダウンと第4の風景論
2011年3月、東日本大震災と大津波、連動した東京電力原発メルトダウン事故によって東北太平洋岸の風景が壊滅し、消去されるのを私たちは目の当たりにした。大津波は水の壁となって土煙を巻き上げ、田畑と集落を蹴散らし、跡形なく消し去った。3・11のあの光景を目にした時、私たちの身のうちから、かけがえのない何ものかが、風景と共に失われていくのを感じなかっただろうか。
巨大な災害に直面した社会では、元あった姿に復帰しようとする「立て直し・復旧」のエネルギーと、新しい規範に基づいて社会を作り変えていこうと試みる「世直し・復興」の動きとがぶつかり、連動していく。文明史的な経験に学ばず、例えば原発再開に見られる「復旧」の動きは、政府、自治体の主導により形をとりつつある。
3・11から6年を経た2017年の現在、日本社会は未だに世直し(復興)の哲学を見出していない。社会がいわば海図なき漂流に陥っているさ中に、第4の風景論が日本人の内面的な欲求として待望されている。第10期塾は、日本の原風景の地を訪れ、文化としての環境思想の原型とその表現としての原風景を探求したい。
何によって第4の風景論は論じられ、その認識は共有されるべきか。それは日本人としてのあなたのルーツ、文化の基層を訪ね、日本人とは何か、アイデンティティ(自己確認)を試み、日本文化に根ざす共感のエネルギーによって、世直しに向かうことから始動すべきではないだろうか。文化としての環境日本学の究極の目的である。

―人はみな、シメール(注)を負っているごとく、それぞれの郷里、自己形成空間を自分の中に固く守り持ち、それに律せられている。文学者の場合、その作品を深層意識的に決定する独自な“原風景”を魂の中に抱いているのだ。
故郷を持たない、つまり風土豊かな自己形成空間を持たない大都会育ちのぼくはシメールを持っている、つまり強烈な“原風景”を内部に蔵している故郷のある地方出身の文学者たちにながい間絶望的な羨望と嫉妬を感じてきた。島崎藤村の信州馬篭の宿、正宗白鳥の瀬戸内海の『入り江のほとり』、室生犀星の加賀金沢、佐藤春夫の紀州熊野、太宰治の津軽、坂口安吾の新潟から、現代作家でも井上靖の伊豆湯ヶ島、水上勉の裏日本の若狭、井上光晴の佐世保や炭鉱、大江健三郎の愛媛の山中等々にこれらの作家たちは、文学のライト・モチーフともいうべき鮮烈で奥深い”原風景”を持っている。それは旅行者の眺める風土や風景ではなく、自己形成とからみあい血肉化した、深層意識ともいうべき風景なのだ。彼らは絶えずそこにたち還り、そこを原点として作品を書いている。その強固さには到底大都会生まれの文学者は太刀打ちできない。(奥野健男「文学における原風景」集英社 1972)
東京の山の手・恵比須で育った奥野自身は、原っぱの隅っこ・洞窟の幻想を、自己形成の空間 原風景として認識している。

シメール
頭が獅子、胴が羊、尾は蛇、口から火を吐くギリシャ神話の怪獣
詩人ボードレールは散文詩「パリの憂鬱」(「おのがじしシメールを」)に「彼らはめいめいその背中に、巨大なシメールを負っていた」と記した。(秋山晴夫訳「パリの憂鬱」筑摩書房 世界文学体系38 1959)

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