Topos(場所性)とEtos(精神構造)の研究

早稲田環境塾の目的は、「文化としての環境日本学」の理論と実践モデルを、現場から探求することである。

「たかはた共生塾プロジェクト」と「シマフクロウと河畔林プロジェクト」との関連で、塾は両地域社会と住民の環境行動の基層を成すToposとEthosに注目している。

文化は普遍、技術的な性格を持つ文明と異なり、歴史、民族の個性に培われ、固有の形態、価値を持つ。縄文文化と弥生文化による原初のカミ(神)の概念、後発の外来仏教と神仏習合の歴史を日本文化は基層としてきた。意識、無意識の領域で、今も私達の生活流儀は、神仏混淆の基層文化に拠ることが少なくない。文化は人々の共感を生み、支える。建前と本音の乖離が指摘されている日本人の環境行動の矛盾を「日本文化としての環境」への自覚・気付きと共感とによって、自然な、自主的な「自ら転がり出ずる玉」ような環境行動へ、私達が自発的に向かう契機とすることはできないだろうか。

早稲田環境塾による京都合宿の目的は、文化の表現である現代の自然保護、環境行政制度、環境法思想への継承の原点となる思想と感性を、京都1200年の聖域での営みから見出すことができるのではないか、との仮説を検証することにある。(塾講義一覧の第1期、4期塾参照)

トポスとはある問題についての論点や考え方が蓄積されているところを指している。現在トポスが新しく重要な意味を持っているのは、トポスが人間存在をなり立たせる基体として考えられるようになったからである。(『社会学辞典』 弘文社)

エトスとは人間の社会行動のゆくえを、その内部から規制する観念の束であるが、「こうすべきである」というような当為的な論理規範ではなく、むしろ本人の自覚し得ない、あるいは自覚することのない規範である。さらにそれは、単一の個人の内部だけに浸透するものではなく、何らかの集合体や社会階層のうちに共有されたものであるともいえる。(『社会学小辞典』 有斐閣).

文化としての環境日本学(environmental japanology)を考察する際に 環境の思想と行動におけるトポスとエトスの作用を現場から探求していきたい。

山川草木悉有仏性を祈る草木塔。

山川草木悉有仏性を祈る草木塔。

旅人の記憶をとどめる路傍の「休み石」。

旅人の記憶をとどめる路傍の「休み石」。

祈りの里 高畠の心

山体そのものが「神」とされる飯豊、朝日、蔵王、吾妻連山にかこまれた高畠は、名高い高畠石に信仰心を刻み、神社と仏閣、無数の祠に囲まれた「祈りの里」である。なかでも天台宗本覚思想に由来する「山川草木悉皆成仏」の思想に基づく草木塔が、全国一の密度で道野の辺に散在している。その意味は、一木一草の中に神(霊)を見た土着の思想を今に残す証とされている。

48名の20才代農民たちは、化学肥料、農薬を多投する近代農法に生命の危機を感じ、「あらゆる命と優しくかかわっていく」星寛治リーダーの思想に共鳴、1973年、有機無農薬稲作りに転換、後に800戸を超える農家が加わる有機農業提携センターに発展する。町は2008年「たかはた食と農のまちづくり条」を制定、遺伝子組み換え作物の栽培規制し、環境と共生する循環型の農業を支援している。

7月に入ると里山の田んぼにヘイケボタル、ゲンジボタルが飛び交い、川では「キュルルルー」とカジカガエルが涼しげに鳴く。蛍の灯は、41年に及ぶ有機無(減)農薬農法で大地に命がよみがえったことを伝える自然界からのシグナルだ。82年星さんは町の教育委員長に推され、全ての小、中学校に田んぼと畑を配し、「耕す教育」を始めた。志は今もしっかり受け継がれている。

アイヌの神の復活へ

他方シマフクロウは、コタンコロカムイ即ちアイヌ集落の守り神である。虹別コロカムイの会に参加した酪農家たちは、アイヌの生活圏であった根釧原野での営農に失敗、そこから脱出するすべもなく、辛酸を極めた体験の持ち主である。北辺フロンティアの人々は、その後継者たちは行政に頼ることなく、「シマフクロウ100年の森づくり」に自力で尽力し、サケマス養殖場内に飛来するシマフクロウを追い払うことなく、20年間自由に魚を捕獲させている。いのちを支えてくれる生き物たちへのアイヌの感謝の祭りイオマンテで、最上位神とされるシマフクロウはヒグマ、丹頂鶴とならび、縄文狩猟民族の神への畏れが生命あるものへの共感の象徴であろう。過酷な自然環境に暮らす命ある者同士が、自然との共生に共感を抱く。文化としての環境思想の蘇りを思わせる。北辺フロンティアでのトポスとエートスの表現ではないだろうか。

塾が協働する2つのプロジェクトは、いずれも農業、漁業の量から質への生産の転換と大自然の循環に連なる持続可能な良質な食の生産をめざしている。文化としての環境の蘇生への共感、トポスとエートスへの気付きの兆しではないだろうか。

毎年5月西別川の河畔で行われている植樹祭には町立標茶小、中学生が正規授業の一環として参加している。2017年5月に行われた植樹祭にはOBの高校生ら約30名も加わっていた。

虹別コロカムイの会員大橋勝彦さんは、西別川水源に近い森の奥に鱒の養魚場を経営している。四季を通して夜毎シマフクロウが採餌に現れる。「ボーボー、ウー」夜の静寂を突き破るように野太い声が響き渡る。「ボーボー」という雄の呼びかけに、雌が間髪をいれずに「ウー」と答える。シマフクロウの鳴き交わしだ。

全北海道に生息する140羽のシマフクロウのうち、この21年間でおよそ33羽がコロカムイの会の給餌、巣箱かけなどの助力で誕生したとみられる。

虹別コロカムイの会恒例の「シマフクロウ百年の森」植樹祭(5月17日)西別川河畔で

虹別コロカムイの会恒例の「シマフクロウ百年の森」植樹祭(5月17日)西別川河畔で

放棄された開墾地にハンノキ、ニレなど広葉樹7000本を植え戻した。

放棄された開墾地にハンノキ、ニレなど広葉樹7000本を植え戻した。

 

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