早稲田環境塾の歩み

2008年~2015年9月

2015年10月11日

ひろすけ祭り+たかはた共生塾プロジェクト共催「有吉佐和子「複合汚染」その後、そして未来」の集いが作家有吉佐和子没後30年を経て、故人の娘で作家の有吉玉青大阪芸術大学教授を迎えて、浜田広介記念館ひろすけホールで催された。
第1部 山形県立高畠総合高校3年生による「私の好きな風景―ふるさとCM製作、上映会」(映像指導 映画監督 船橋淳)、コンテスト。
第2部 講演と対談
「1974年『複合汚染』の衝撃」
原剛 早稲田環境塾塾長、毎日新聞客員編集委員、たかはた共生プロジェクト共同代表
「有吉佐和子さんの素顔―その交流のひとひらから」
星寛治 たかはた共生プロジェクト共同代表
対談 「『複合汚染』地域に今何が起きているか」
船橋淳 星寛治 原剛
コメント 有吉玉青  司会 吉川成美(早稲田環境学研究所次席研究員)

ひろすけ祭りとの連動は、2013年の第7期塾第3講「早稲田環境塾公開講座」(高畠町後援)に続く試み。今回もひろすけホールは、多くの入場者で賑わった。

第2青鬼農園の青菜種まき(2015年9月5日)

第2青鬼農園の青菜種まき(2015年9月5日)

2015年9月7~9日

北海道標茶町虹別コロカムイの会と協働作業・アイヌ及び根釧原野開拓団のリーダーたちへのインタビュー、植林地視察(原、吉川、礒貝参加)。
「第2回虹別川バイカモ保護対策研修会及び情報交換会」(親和会館)
菊池俊一山形大教授が「2015年5月における西別川バイカモの生育状況」を報告。流水量の減少と鹿、野鳥の食害で上流のバイカモが危機的な状況にあることが紹介された。

第2青鬼農園の青菜種まき(2015年9月5日)

2015年9月4、5日

高畠共生塾生産者・消費者交流会開催、有機栽培の水田と果樹園を見学。青鬼クラブ第2農園(約300平方㍍)を、学校農園指導委員渡辺宗雄さんの指導で耕し、川端、石井、奥貫、原会員らが青菜(セイサイ)の種まき、白菜苗の定植、ジャガイモ掘りに汗を流した。

20015年9月1日

修学旅行で東京を訪れた高畠町立高畠第三中学校2年生42名が、たかはた共生塾プロジェクトの一環として、毎日新聞社東京本社、パレスサイドビルで農産物の販売実習を行った。自分たちが育てたジャガイモ、エダマメ、カボチャを並べて「高畠の安心、安全な野菜です」と呼びかけた。段ボール14箱分の農産物は20分余で完売。生徒たちは感謝の気持ちを込めて「MY OWN ROAD」」「故郷」など3曲を合唱した。見守る大勢人々から盛大な拍手が贈られた。

三中修学旅行合唱

三中修学旅行合唱

一方青鬼サロンでは、神奈川県立総合高校の教師を勤めた川井陽一湘南高校元校長(北里大教授)と星寛治たかはた共生プロジェクト共同代表が「土と心『耕す教育』」を課題に講義、対談を行った。(9月21日毎日新聞朝刊「水と緑の地球環境」のページに明珍美紀記者の特集記事「農を通し、耕す教育実践」が掲載された)。

 

2015年8月3日~9日

早稲田大学とイオン環境財団が共催、広くアジアの環境人材の養成を試みる「アジア学生環境プラットホーム」のベトナムでのフィールドワークに早稲田環境学研究所が参加し、吉川成美次席研究員がプログラムを作成、学生の指導にあたった。早稲田、高麗、清華、ベトナム国家大学ハノイ校、マラヤ、王立プノンペン国立大学の6大学から学生、教授80人が参加、「生物多様性と人」をテーマにベトナムのハロン湾などで研究を試みた。

2015年4月11日

たかはた共生塾プロジェクトの星寛治共同代表が、東京三番町の上廣倫理財団「UFホール」で満員の聴衆を集め『わが師宮沢賢治と浜田広介』と題して70分講演した。講演はNHK第2放送番組「文化講演会」で放送され大きな反響を呼んだ。

2014年8月8日

都市と農村の創造的な交流を試みる「たかはた共生塾」による青鬼農園が、8月8日開設された。奥羽山脈の直下、「熊出没注意!」ののぼりがはためく山形県置賜郡高畠町上和田の「たかはた文庫」「ゆうきの里さんさん」に隣接する約2700平方㍍の休耕地。青鬼クラブ会員・ゆうきの里さんさん管理組合長佐藤治一さんが重機3台をフルに使いソバ畑に一変させた。
農園は奥羽山脈からの伏流水が噴き出す砂川河畔にあり、砂礫層土壌で水はけがよい。柳とハンノキの河畔林をまとったソバ栽培の適地だ。田んぼなら米が20俵近く採れる本格的な規模。10月20頃収穫、ソバ打ちパーティへ。

米なら30俵が穫れる規模の青鬼農園づくりが進み、満開の青鬼ソバ。播種後、75日で収穫された。(2014年10月20日)

米なら30俵が穫れる規模の青鬼農園づくりが進み、満開の青鬼ソバ。播種後、75日で収穫された。(2014年10月20日)

米なら30俵が穫れる規模の青鬼農園づくりが進み、満開の青鬼ソバ。播種後、75日で収穫された。(2014年10月20日)

米なら30俵が穫れる規模の青鬼農園づくりが進み、満開の青鬼ソバ。播種後、75日で収穫された。(2014年10月20日)

2014年9月23,24日

企業人、学者、20名の限定参加による比叡山合宿「日本文化の古層 仏教(神仏習合)と環境思想の研究会」―千日回峰(比叡山延暦寺)と修験道(聖護院)による実践をとおして、を開催した。
・「千日回峰にみる”自然と人間“の思想と実践」
・講師 上原行照阿闍梨(比叡山延暦寺―山伊崎寺住職)
・「最澄に由来する修行道場、比叡山森の歴史」講師 小堀光實執行(比叡山延暦寺)
・「山伏,“修験と環境”を語る」講師 宮城泰年門主(聖護院門跡)
・「日本の”kami”3類型と神仏習合」―神話、アニミズム、祖先神
講師 丸山弘子(早稲田環境塾講師)

延暦寺根本中堂、最澄由来の「永遠の法灯」の下で朝の勤行に参加。比叡山管理部磯村良民師の案内で千日回峰の道の一部をたどった。
毎日新聞の看板コラム「風知草」(山田孝男記者)は「提灯が照らすもの」で、また同紙朝刊「水と緑の地球環境」はほぼ1頁を充てて、明珍美紀記者の同行ルポ「環境思想 基層に『神仏習合』」をそれぞれ掲載した。

2014年4月17日

毎日新聞東京本社のMOTTAINAI STATIONに都市と農村の新しい連携を目指す「たかはた共生プロジェクト・青鬼サロン」が発足。3・11事件を契機に食と農、都市と農村の持続可能な関係を創ることを目的に、毎日新聞社が協働する斬新な試みである。サロン発の情報がリアルタイムで新聞社のネットから発信される。

2013年 3月3日

塾第2叢書「京都環境学」-宗教性とエコロジーを藤原書店から出版。

東京新聞「今週の本棚」(2013年4月30日)「自著を語る」欄に原剛塾長インタビュー「原発事故 神仏はどう語る」掲載。

2012年8月17~23日

早稲田大学国際部の依頼で「第1回日中韓学生交流環境フォーラム」(早稲田大学・イオン環境財団共催)のフィールドワークを塾が担当。早稲田大学、清華大学(北京)、高麗大学(ソウル)の学生各20人と、教授各2人の計66人が「文化から環境を考える」をテーマに東日本大震災で被災した岩手県田野畑村と同県平泉町の世界遺産・中尊寺・毛越寺、さらに京都洛北の貴船神社と鞍馬寺でのフィールドワークを行った。

「仏教に内在する環境思想」 佐々木邦世 中尊寺仏教文化研究所長
「神道の自然観」 髙井和大 貴船神社宮 「泥田に咲く蓮花」 信楽香仁 鞍馬寺貫主
「神仏習合の構造」 丸山弘子 早稲田環境塾講師
3か国が共有するアジアモンスーン気候区での水田稲作と仏教伝来の歴史を共通項に「環境とは何か」を考え、足元から実感し、社会規範とするための条件を探求した。竹島と尖閣諸島事件のさ中、3国関係が険悪な状況での交流は、新聞のコラムで盛んに取り上げられた。(原塾長が貴船神社で朝日新聞記者の取材を受けた)

東日本大震災の被災地、岩手県田野原村早稲田大学「思惟の森」に集う日中韓3大学の学生たち

東日本大震災の被災地、岩手県田野原村早稲田大学「思惟の森」に集う日中韓3大学の学生たち

早稲田大学 思惟の森

早稲田大学 思惟の森

思惟の森 青鹿(アオジン)寮

思惟の森 青鹿(アオジン)寮

2011年8月6―8日

首都圏の水源、利根川最上流、群馬県みなかみ町藤原で森林塾「青水」(清水英毅塾長)の茅の原入会地復活作業に参加。数次の作業を経て、塾テキスト「流域コモンズから震災後の社会像を構想する」(A4版73頁)に主に生態系サービスの観点から成果をまとめた。

2011年6月23日~10月23日

5期塾の共通テーマを「東日本大震災・原発事故と社会規範の変化」とした。第5期塾第1講座第2講(2011年6月30日)で村民と早大生の協働による田野畑村の「思惟の森」づくりの現場で活動している早大生を招き、講演・シンポジウム「銀河鉄道は消えたのかー岩手県田野畑村、早稲田大学思惟の森から」を開催した。
(テキスト「大震災と原発爆発の経験知に学ぶパラダイムの変革」参照)

茅の青狩りを体験する塾生たち

早春、芽の原での野焼き。後方は谷川岳連峰。

茅の青狩りを体験する塾生たち

茅の青狩りを体験する塾生たち

みなかみ町藤原上野原の入会地で昼食

みなかみ町藤原上野原の入会地で昼食

2011年 5月30日

塾第1叢書「高畠学」―『農』からの地域自治 を藤原書店から出版。
たかはた共生塾民俗資料館に100名を超える人々が集い藤原良雄藤原書店社長も加わり盛大な出版祝賀酒宴を催した。

2011年3・11日

東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所メルトダウン事故発生。
岩手県田野畑村、村民41人が津波の犠牲となる。早稲田大学から教授、学生らの救援隊が現地へ。大学の思惟の森、青鹿寮を拠点に山と海の被災現場で活動。

2010年10月28~30日 中国北京合宿

北京大学大学院環境科学院発展院でシンポジウム
「日中環境市民交流会―原点に立とう」開催
「原点からの日中環境討論会」に中国側から多くの市民組織の活動家たちが参加した。
環境NGO[SEE生態協会を訪問、「自然の友」「打工之友」の本部も訪ねた。フィールドワーク「自然大学一楽水行」(馮永鋒)に同行、「木を植えた男」(李栄)、「生態農業モデル農村 留民営」(董華)を現場取材した。

2010年 10月28日

塾は葉文虎北京大学教授が主宰する「北京三生環境と研究院」と日中間で行動する環境キイパーソンの養成をめざし提携協定を結んだ。互いに日中間の環境交流の窓口として国の対立を超え、NGO、ジャーナリスト、研究者の交換交流を試みてきた。

2009年3月12日

「神道、仏教に内在する自然、環境保護思想と近代行政制度」を課題に第1回京都合宿。鞍馬寺では設楽香仁貫主が「鞍馬寺の尊天思想」を、貴船神社では高井和大宮司が「神道は洗練されたアミニズム」を課題に講義した。妙法院・三十三間堂を特別拝観後、京都大学のカフェレストラン「カンフォーラ」で、第1期塾生45人の修了式とパーティーを催した。

2008年11月12,13日

山形県高畠町へ初合宿。高畠共生塾の星寛治顧問の講座「有機無農薬農法は地域と日本社会に何をもたらしたか」をはじめ、稲作、果樹農民、福祉、教育、医療従事者らが参加して、シンポジウムを開催。夜は築300年の古民家、高畠共生塾民俗資料館で参加者100名を超える大歓談へ。このパターンが以後の高畠合宿の恒例となる。

2008年11月7日

第1期早稲田環境塾が開講 早稲田大学西早稲田キャンパス19号309教室で第1期生45名が参加して「環境とは何か、自然・人間・文化環境の統合を目指して」を課題に原塾長が初講義。早稲田大学アジア太平洋研究センター、日本環境ジャーナリストの会、全国水源の里連絡協議会(会長四方八洲男 綾部市長)と協働しての発足であった。

2008年6月23―28日

早稲田大学を主会場に開催された「日中韓環境ジャーナリスト,NGO交流シンポジウム」(日本環境ジャーナリストの会主催)の事務局を、早稲田環境塾がつとめ、課題の設定、人選など全体の運営を担当した。
中国から北京の梁小燕・自然の友執行理事 中国初の農民NGO、草海農民環境保護協会の鄧儀会長、北京「自然学」主宰、永鋒光明日報記者、史立紀「野生中国」映像ジャーナリスト、李禾科技日報記者らを招請した。
シンポジウムは会場を高畠に移し「持続可能な地域発展の原型を自然、人間、文化の三つの環境要素からとらえる」を課題におこなった。一行は二井宿小学校、二井宿幼稚園を訪れ、中国人の母親を持つ少なからぬ児童、生徒の存在に衝撃を受けた。同時に、「ここで本物の日本人」に出会ったと感動を表明した。北京大学で中国文学をおさめた馮永鋒記者は星寛治氏を讃える詩「水杉」を贈った。

二井宿小学校を訪れた中国の記者たち。

二井宿小学校を訪れた中国の記者たち。

伊沢良治 二井宿小校長を取材する中国韓国の記者たち

井沢良治 二井宿小校長を取材する中国韓国の記者たち

2008年9月28日10月5日

FM東京「エコトレイン」番組の関口智宏との連続インタビュー「今、なぜ早稲田環境塾か」で原塾長が塾設立の目的を語り、塾への参加を呼びかけた。

2008年9月5日

NHK教育TV「視点論点」で原剛塾長が「文化としての環境日本学の探求」を解説。 自然、人間、文化の環境三要素が同時に一か所に保たれている持続可能な社会の原型を、地域の実践から探求する環境日本学を提唱した。

カテゴリー: 未分類   パーマリンク

コメントは受け付けていません。