「環境」をバラバラにしない―自然、・人間・文化環境の統合を―(2008年放映 NHKテレビ「視点、論点」)

「環境と調和する持続可能な社会発展」が社会の合言葉になってきていると感じます。それは政府の政策目標となり、企業活動の目指すべき方向とされています。大学は文系、理系を問わず環境論と環境技術の講座、研究が花盛りです。

しかし例えば地球の温暖化を減速させ、生物の多様性を保とうと国際条約、国内法、自治体の条例が一貫して作られて久しいのに、この日本でも事態に改善の目途はついていません。国際環境法も国内の環境関連の法も的確には機能していないのです。私たちが生活の現場で環境保護に取り組もうにも、漠としてとりとめがありません。

なぜ「環境論、環境技術、環境法が栄えて環境滅ぶ」なのでしょうか。

その理由は「環境」とは何か、その範囲が明らかでなく、「環境」がその場、その人によりけりでバラバラに扱われ、一人ひとりの生活者が実感し、納得できるまとまりのある形で示され、理解されていないからです。つまり「環境」とは何か、についての共通したとらえ方がないためではないでしょうか。

例えば、あなたが水田稲作を生業とする農民であるとします。その営みは3つの環境に支えられてこそ、物心両面から持続可能になるはずです。

第一に、水や土、空気即ち自然環境が清浄であること(自然環境)

第二に、灌漑水路や農道のネットワークが、地域全体として保たれなくてはなりません。物を生産し、消費し、社会集団として暮らしていくことが出来る、いわば人間環境が持続され、再生産されなくてはならないのです。(人間環境)

第三に、自然環境と人間環境を土台に築かれた、その地域独自の文化が保たれていなくてはなりません。(文化環境)

即ち、人が社会生活を持続可能に展開していくには、心理学者、入谷敏男さんが指摘する「自然」「人間」「文化」の三つの環境要素を統合して、同時に生活の場で必要としているのです。PPM(100万分の1の単位)やBOD(生物化学的酸素要求量)で評価される大気や水質は、三つの環境のうちの一つの「自然環境」にとどまるのです。自然環境と共に産業即ち社会集団によって作られる「人間環境」が、地域の自治と行政に支持され、正常に機能しなくては人の暮らしは成り立ちません。

さらに人は「文化環境」を必要とします。それは地域の自然と歴史、即ち風土に培われた営みの集積であり、「あなたは何者か」と問われた時に、居住者が試みるであろう自己確認(アイデンティティ)の礎となるかけがえのない無形の価値です。

この半世紀、私はジャーナリスト、学徒として国の内外を歩き、日本と世界の環境への取り組み現場を取材、調査してきました。顧みて日本、米国、欧州の間には環境問題への取り組み方に、本質的な差異があることに気付きます。アメリカは環境問題を経済に随伴的なもの、つまり市場経済の枠内で解決できる問題であるととらえてきました。

大気汚染対策として、世界初の亜硫酸ガスの排出権取引市場を創設したことが一例です。

ヨーロッパは概して環境破壊を文化に係わる問題として扱ってきました。 経済合理性を、環境問題へ取り組む際の唯一の価値基準とはせずに問題に対処してきました。

例えば生産調整と水質、土壌汚染対策を結び合わせ、化学肥料や農薬を減らし、伝統的な田園の景観を守る農法に減産補償をするEUの共通農業環境政策が例です。

日本はアメリカの経済合理性、ヨーロッパの文化性のそのいずれからでもなく、その場しのぎの、いわば対症療法を以って問題に対してきました。その経験からいまでは 環境問題を経済の側から構造的に解決するために、市場経済の合理性を以って臨むことを余儀なくされています。さらに環境思想、倫理感が国民の間に高まるにつれ、「文化」としての視点から環境への取り組みを強めてきているように思えます。人間にとって「環境」とはなにか。その知識を深めることなく、環境をバラバラにとらえてやってきたため「環境論、環境技術栄えて環境滅ぶ」の結果に到った。日本もその欠陥を自覚して、修正する過程に入ってきたようです。

他方で、日本はこの半世紀の間、高度経済成長期の産業公害を経て、公共事業による自然破壊を経験し、豊かになった生活がもたらした環境汚染の経験を経て、世界でも比類のない環境・自然保護の実践と知恵を蓄積してきました。

地球の温暖化が一例ですが、環境破壊の影響が、不安域から破局域をも視野に入れざるをえない状況に到りました。いまこそ日本社会の豊富で実践的な環境保護への知的財産、技術的成果を再評価し、自然、人間、文化環境の三方向からその価値の体系化を試みる「環境日本学」を創造し、国際化時代に環境立国を考える日本人の自己確認(アイデンティティ)の礎とすべきです。

早稲田塾は、「環境」を分断することなく、自然、人間、文化の三要素の統合体として認識し、環境と調和した社会発展の原型を地域社会の現場から探求します。あごをひいて、暮らしの足元を直視し、現場を踏み、実践に学びます。農・漁民、企業人、NGO、宗教家、学者、官僚、政治家が先生となります。同志の参加を歓迎します。

(2008年放映 NHKテレビ「視点、論点」)

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